ONEDOG:壁打翻訳手習帳

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Apple Watchで人間とコンピューターはさらに親密になる ウォルター・アイザックソン

 この新しいデバイスと共に、人間とコンピューターは共生へ向けて歩みを一歩を進めることになるだろう。

 デジタル時代の根本的な探求課題とは、デバイスをさらにパーソナルなものにすることである。スティーブ・ジョブズはこの探求の禅導師であり、AppleのDNAにこの使命を深く染み込ませた。それは、今週、現CEOのティム・クックと彼のチームが発表したApple Watchにも反映されている。Apple Watchは、人間とコンピューターをさらに密接に結びつけるための新しい挑戦だ。

 コンピューターのパーソナル化の偉大な先駆者は、MIT工学部学部長であり、第二次大戦中の米国政府の科学技術研究を統括したヴァニーヴァー・ブッシュだ。1945年に、彼は Atlantic Monthly誌に「As We May Think」という萌芽的な論文を発表した。この論文は、”memex”と名付けたパーソナル情報デバイスの将来を想像したものだった。コミュニケーションと情報はすべてこのデバイスに保存することができ、「記憶と密接に結びついた追加拡張デバイス」として役立つというものだ。この「密接(intimate)」という言葉がキーワードであり、クックもApple Watchを説明する際に用いている。

 人間とコンピューターの関係をさらに密接なものに近づけてきた独創的なイノベーターは他にもいる。J・C・R・リックライダーは、MITの心理学者であり工学者でもあるがインターネットの父と呼ばれるのがもっともふさわしい。彼は米国大規模防空システムの設計を手伝ったが、そこには23の追跡センターを結ぶネットワークコンピューターが含まれていた。簡単で直感的なグラフィックディスプレイを彼は作り上げたが、それは、データを正確に把握して即座に反応する制御卓オペレーターの力量に国の運命が委ねられるかもしれないからだった。彼は自身のアプローチを「人間とコンピューターの共生」と呼んだ。彼が説明したように、「人間の脳とコンピューターは非常に緊密に結びつけられるようになる」からだ。ダグラス・エンゲルバートは、ブッシュとリックライダーに続く存在であり、人間とコンピューターの結びつきをさらにパーソナルなものとすることを目指していたが、その成果の一つがマウスの発明だった。そして、ゼロックスPARC研究所のアラン・ケイたちが、ユーザーがポインターで指定してクリックすることができるフォルダとアイコンを備えたユーザーフレンドリーなディスプレイを持って登場する。

 30年前に同じフリントセンターで発表したマッキントッシュについては、ジョブズゼロックスPARCのユーザーインターフェイスをかっぱらったのは有名な話だが、このことについて、ピカソの「偉大な芸術家は盗む」という言葉をジョブズは引用している。ユーザーと密接な結びつきを築き上げるデバイスを作ることに関して、彼は直感的な天才だった。例えば、iPodは、千曲もの音楽をポケットに中に入れるという、単純だが魔法のようなことをやってのけた。このことで思い返されるパーソナル化の大成功例がある。1954年に、テキサスインスツルメント社のパット・ハガティトランジスタの巨大市場を創造する方法を探していた。彼がたどり着いたのは、ポケットラジオというアイディアだった。ラジオは、もはやリビングで家族が一緒に聞くものではなかった。いつでもどこでも聞きたいときに自分が聞きたい音楽を聞くことができるデバイスになったのだ、その音楽が両親が禁止したいようなものであっても。

 確かに、トランジスタの進歩とロックンロールの興隆には象徴的な関係があった。反抗的な新しい音楽は、すべての若者にラジオを買いたいと思わせることになった。聞きつければダイアルを回してしまおうとする両親の手も届かない海岸や地下室へとポケットラジオを持ち出すことができたから、そうした音楽は花開くことができたのだ。ポケットラジオのプラスチックケースは、iPodのように、ブラック、アイボリー、マンダリンレッド、くすんだグレーの四色があった。一年以内に10万台が売れ、歴史上もっとも人気を集めた新製品の一つとなった。

 ブッシュが密接でパーソナルなmemexを夢見た後の数十年間、コンピューター科学の一学派は人工知能に目を向け、人間の手を借りずに考えることができる機械の到来を繰り返し予言し、おそらく我々人間をないがしろにしてきた。人工知能というゴールはいつも逃げていき、常に数十年先にある蜃気楼のようなものだった。手首で我々の鼓動を刻むよう設計されたApple Watchは、人間とコンピューターが密接に共生し深くパーソナルなパートナーシップを築き上げるという、ブッシュやリックライダーが提唱したアプローチの有効性を示している。

 

ウォルター・アイザックソンが描くデジタル時代の歴史「イノベーター」は、この10月に発売の予定である。

 

 TIMEのWeb記事から。寄稿者のウォルター・アイザックソンは、あのジョブズの伝記「スティーブ・ジョブズ」の著者で、フランクリン、アインシュタインキッシンジャーの伝記も書いています。Apple Watch自体の話はほとんどしていませんが、彼の新作で書かれているのであろう歴史的な視点からApple Watchを捉えているのが興味深かったので訳してみました。

 考えてみれば、コンピューターサイエンスは黎明期以来、アメリカの独壇場でした。その理由としては、マンハッタン計画以来の産学軍連携体制もありますが、楽観的なプラグマティズムというアメリカの国民性に深く根ざしているところがあると思います。それが時には不気味にも思える幼稚さや粗暴さとして現れもするし、遠い未来まで通じる本質を見通すことにもなっているのではないでしょうか。彼の新しい著作は、コンピューターやデジタルテクノロジーを通じて、そんなアメリカ人を描いているのかもしれません。機会があれば、是非読んでみたいと思います。

 ここでの書き方を見ると、彼は人工知能に関して否定的な印象を持っているのかもしれません。人工知能に関して、コンピューター科学の研究者は過去の失敗に関して苦い思いを持っているようで、そもそも「人工知能」という言葉自体を使って欲しくないという人もいるようです。しかし、IBMのディープブルーが世界チェス王者を破ったり、クイズ番組で勝利をおさめたり、日本でも将棋プログラムがプロ棋士と互角の勝負をするようになってきました。Appleの音声システムSiriも、音声入力の質問に対して答を返してきます。これらを昔の意味で「人工知能」と呼ぶことが適当なのかどうかは分かりませんが、「知能とは何か?」という根源的な問いに対する工学的な回答は、大規模クラウドコンピューティングの時代を迎え、新たなステージでの進化を続けているようにも見えます。

 

 今日もApple Watchに関してはいくつか記事が出ていましたが、電池がどれだけ持つのか、iPhoneとは別の電源ケーブルを持ち歩かなければいけないのか、云々、懸念を示す記事がいくつもありました。ただ、iPodも、iPhoneも、最初は「こんなもの売れない」という大合唱でした。大成功までには、いくつかの世代を経て独自のポジションを築き上げることが必要でした。その意味では、Appleの大成功パターンの第一歩を順調に踏み出したのかもしれません。もちろん、黒歴史の闇に消えていった製品も数多くあるわけですが。