ONEDOG:壁打翻訳手習帳

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9章 2009年

“The Age of Spiritual Machine” by Ray Kurzweil

9章 2009年

 短期で達成できるとされることは過大評価され、長期を要するとされる変化は過小評価されると言われる。現在の変化が加速し続けるならば、21世紀の最初の十年間について考えるだけでも、思った以上に長期的な展望を築けると考えてよいだろう。この点を心に留めて、21世紀の始めの時期について考察しよう。
コンピューター自体に起こる変化

 今は2009年。個人は主にポータブルコンピューターを使っているが、10年前のノートPCに比べれば劇的に軽量で薄型になっている。パーソナルコンピューターは広い範囲のサイズと形状のものを手に入れることができるし、衣服や、腕時計、指輪、イヤリングやその他の身につける宝飾品に埋め込まれているのが普通である。高解像度の映像インターフェイスをもつコンピューターには、指輪やピンやクレジットカードのような小型のものから、薄い本くらいの大きさのものまである
 人々は普通少なくとも1ダースほどのコンピューターを身にまとうか持ち歩くかしており、そのコンピューターは「ボディLANs」と呼ばれるローカルネットワークでつながっている。このコンピューターの一群は、携帯電話、ページャー、ネットサーフィング、身体機能モニタリングといった機能を実現している。(金融決済をおこなったり機密性の高いエリアに入室する際に求められる)個人認証も自動的におこなってくれるし、道案内などの様々なサービスも提供してくれる。
 ほとんどの場合、こうした真にパーソナルなコンピューターには機械的な可動部がない。記憶装置はすべて固体素子であり、ほとんどのパーソナルコンピューターにはキーボードがない。
 回転式の記憶装置(つまり、ハードディスク、CD-ROM、DVDといった回転ディスク型のコンピューターメモリー)は役目を終えているが、磁気式ハードディスクは大容量のデータを保存する「サーバー」コンピューターにはまだ使われている。大半のユーザーは家や職場にサーバーを持っており、そこに大容量のデジタル「オブジェクト」を保存している。この「オブジェクト」には、ソフトウェア、データベース、書類、音楽、動画、(まだ初期的なものだが)バーチャルリアリティ環境といったものが含まれる。個人のデジタル「オブジェクト」を中央サーバーに保存するサービスもあるが、ほとんどの人は個人的な情報を物理的に自分の管理下に置くことを選んでいる。
 ケーブルは消滅しつつある。短距離の無線技術による通信が、ポインティングデバイス、マイクロフォン、ディスプレイ、プリンター、稀にはキーボードなどの部品間で使われるようになった。
 コンピューターは、常にどこにでもあるWebネットワークに接続するため無線通信機能を通常備えている。ネットワークは、信頼性が高く、すぐ使用可能であり、超広帯域の通信が使用できる。本、音楽アルバム、映画、ソフトウェアといったデジタルオブジェクトは、無線ネットワークを通じてデータファイルの形で高速に配信され、物理的なオブジェクトの形をとることは普通ない。
 大部分のテキストは連続的会話認識(CSR:continuous speech recognition)口述筆記ソフトウェアを用いて作成されるが、まだキーボードも使われている。CSRは非常に正確であり、口述筆記の専門家を凌いでいたので、数年前には口述筆記の専門家はいなくなった。
 同様にいつでもどこでもあるあたりまえのものになったのは、自然言語ユーザーインターフェイス(LUIs:Language User Interfaces)であり、これはCSR自然言語処理を組み合わせたものだ。単純なビジネス上のやりとりや情報の問い合わせといった決まり切った課題に対して、LUIsは即応し正確である。しかし、LUIsは特定のタイプの仕事に狭くフォーカスしたものになりがちである。LUIsは、よくアニメーションの人物と合わせて用いられる。アニメーションの人物とやりとりしながら買い物をしたり予約をおこなうのは、人間が仮想的であること以外は、ビデオ会議をおこなうのによく似ている。
 コンピューターディスプレイは紙の表示能力のすべてを備えている。すなわち、高解像度かつ高コントラストであり、大きな視野角をもっており、ちらつきもない。本、雑誌、新聞は、今では小さな本くらいのサイズのディスプレイで読むのが普通だ。
 眼鏡に組み込まれたコンピューターディスプレイも利用されている。この特別なディスプレイを使えば、ユーザーは、目の前に浮かび上がる仮想的画像を利用しながら、身の周りの様子も普段と同じように見ることができる。仮想的画像は、眼鏡に組み込まれた小型のレーザーが画像を直接ユーザーの網膜に書き込むことで表示される。
 コンピューターは通常動画カメラを内蔵しており、所有者を顔の画像から高い信頼性で判別する。
 電子回路に関しては、三次元チップが一般に使われており、かっての単層チップからの移行が起こった。
 音響スピーカーは、三次元空間のどこででもハイレゾの音響を鳴らすことができるチップベースの超小型デバイスへの置き換えが進んでいる。この技術は、超音波の干渉により可聴帯域周波数のサウンドを作り出すという原理に基づいている。従って、超小型のスピーカーでも非常に信頼性の高い三次元音響を実現できるのだ。
 (1999年時点のドル価値換算での)1000ドルPCは、毎秒1兆回の計算をおこなうことができる。スーパーコンピューターは、少なくともハードウェアとしては人間の脳と同規模の能力に達しており、2x10^16の計算を一秒間におこなうことができる。インターネットに接続された使用中ではないコンピューターは取り集められて、人間の脳のハードウェア的能力と同等の仮想的な並列スーパーコンピューターを構成している。
 大規模並列ニューラルネットワーク、遺伝子アルゴリズム、その他の形の「カオス」理論または複雑系理論によるコンピューティングに対する関心が高まっているが、並列処理には制限がいくつかあることもあり、ほとんどのコンピューターによる計算は今まで通りの順次処理でおこなわれている。
 人間の脳のリバースエンジニアリングに関する研究は、死亡直後の人間の脳の破壊的スキャンによる方法と、高解像度磁気共鳴イメージング(MRI)による生体の非侵襲的スキャンによる方法の両方で着手されている。
 自律的なナノマシン(原子一つ一つ、分子一つ一つを組み上げて作られる)はデモンストレーションがおこなわれ、自身に計算能力を備えている。しかし、ナノエンジニアリングは、まだ実用段階の技術とは見なされていない。

  1999年に出版されたレイ・カーツワイルの“The Age of Spiritual  Machine”で述べられている2014年の予想冒頭部分を原書から私訳してみました。翻訳も出ていたようですが、Amazonでももう取り扱っていないようです。積読解消がてら、面白そうなところを抄訳してみようかなと思います。

 この本が出版された1999年というと、松坂大輔椎名林檎宇多田ヒカルAIBOがデビューした年です。2009年というと、オバマ大統領が就任し、マイケル・ジャクソンが死んで、民主党が政権を獲り鳩山由紀夫が首相になった年です。現在彼が奉職するGoogleの設立が1998年、IPOが2004年。

 9章では、この「コンピューター自体に起こる変化」に続いて、教育(コンピューターの活用)、障害者(義肢の進歩、音声入出力によって視覚障害者や聴覚障害者のハンディキャップが解消)、コミュニケーション(自動音声翻訳、バーチャルセックス)、ビジネス・経済(アメリカの多民族性と起業家精神による優位性維持)、政治と社会(セキュリティー)、芸術(ディスプレイ絵画、コンピューター音楽)、戦争(ロボット兵器)、健康医療(IT化)、哲学(チューリングマシン)が論じられます。