ONEDOG:壁打翻訳手習帳

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テクノロジーで失われる人々の信頼度

手遅れになる前に、巨大ハイテク企業は揺り戻しに注意が必要

 

ダボス会議の出席者は胸に刻んでほしい。あなたが富を築いたテクノロジーは、一般人にとっては急激すぎる変化であるということを。

 

これは、毎年ダボス世界経済フォーラムで広告会社エデルマンが発表している「2015年版トラスト・バロメーター」からの引用だ。水曜日に公開された今年の調査結果では、27ヶ国の数千人の消費者を対象に、企業、政府、NGO、メディアに対する信頼度の調査が行われた。今年は、信頼度は全体に落ち込んでおり、全体の3分の2の国の市民はあらゆる組織に対して過去最低の信頼度を示している。地域的政治紛争、不平等の拡大、賃金の抑圧、市場の不安定性といった今日の大問題に対して、民間部門も公共部門も答を持ちあわせているとは思えないのだから、この結果は不思議ではないだろう。

 

興味深いのは、非常に多くの人々が、テクノロジーとその変化の速さが今日の世界における不安感の原因であるとして非難していることだ。調査を行ったすべての国の消費者の2人に1人が、テクノロジーの変化は速すぎてついていけないと感じている。また、政府や企業が長期的な影響について十分評価していないと感じている変化として、遺伝子組み換え食品、(シェールガスの採掘などで使われる)水圧破砕法、そして、UberやApple Payのような風雲児を始めとする数多くのデジタルサービスが人々や企業のプライバシーやセキュリティーを揺るがしていることをあげている。

 

これはハイテク指導者達の従来の見識とは矛盾するものだ。例えば、ジェフ・ベゾスはかって「顧客が好む新しい発明や物事は、普通社会にとっても有益なものである」と述べている。おそらくそうなのだろうが、そうは考えない人々も増えているのだ。そして、このことがハイテク企業を取り囲む規制に影響を及ぼす可能性もある。地域の規制を回避しようとするシェアリングエコノミー企業に対して一層の反発が向けられ、超巨大ハイテク企業の独占による支配力が注視され、ハイテクで築き上げた巨万の個人資産に対する監視の目も厳しくなっていくといったことが予想される。

 

近年読んだ中でも面白かった2つの記事で、デジタル化のスピードが文化と大衆感情のありようをいかに変容させつつあるかということに目が向けてられていた。カート・アンデルセンが2012年のバニティフェアに素晴らしい記事を書いている。そこで述べられている仮説とは、文化はレトロモードにはまっているのではないかということだ。過去数十年のファッションにおけるこだわり、テレビや映画にあふれているノスタルジアを考えてみればいい。テクノロジーとグローバル化が余りに急激に変化するので、少なくとも認識の面においては、もはや人々は変化を受け入れることができなくなっているのだ。同様に、この前の日曜に、ニューヨークタイムズの書評欄のカバーで、レオン・ウィーゼルタイアーも鋭いエッセーを書いている。近年のテクノロジーのすべてにみられる病的な執着によって、我々はなにごとにおいても、スピード、簡潔さ、そして金を稼ぐことだけに目を向けるようになり、経験において理解を広げることや深い思想を求めることがなくなってしまったと彼は嘆いている。

 

私は両方の指摘に同感する。そして、マリッサ・メイヤーエリック・シュミットシェリル・サンドバーグといった、ここダボスに集まったハイテクの名士の中に、こうした潜在的な揺り戻しの動きに注意を払ってくれる人がいてくれればと願う。私は、これは今後ますます大きな問題になるのではないかと思っている。

 

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 テクノロジーに対しては、いつでもこういう批判はあるものですが、この記事で面白いのは、現在のテクノロジーの変化が一般的な人間のキャパシティーの限界に来ているのではないか?という指摘です。人間自体も変化して適応しますし、世代も変わっていきます。テクノロジーも受け入れられるために、進歩を続けるわけです。それでも、人間のキャパシティーはついにパンクするのでしょうか。