ONEDOG:壁打翻訳手習帳

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ハーバード大教授が学生の金融業界就職に対して複雑な感情を抱く理由

 

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今、キャンパスはほろ苦い季節を迎えている。4年生は仕事を見つけ始めており、彼らの熱気に煽られそうだが、彼らの選択については考え込まされることがある。

 

優秀な学生の多くは、癌の研究をしようとも、次世代の教育や啓発をおこなおうとも、公益事業に携わろうともしない。むしろ、多くの学生は、トレーダー、仲買人、銀行員になろうとする。2014年にはハーバード大で、就職した学生の5分の1近くが金融業界に進んだ。経済学専攻の学生に限れば、この割合は2分の1近い。これは才能の活用として最善だろうか、と私は考え込まざるをえない。

 

言うまでもなく、これは、野心と夢を追い求める若者のきわめて個人的な選択の問題である。しかし、自慢の学生がやってきて、「投資銀行からオファーが来たので、受けるつもりです」と言われても、私はそれをどう受け止めれば良いのか分からない。彼女個人に対しては祝福したいが、これが社会全体のために良い決断なのかどうか、気になるのだ。

 

経済学者として、私はこう考える。あらゆる職業には、労働の成果として個人が享受する私的利益と、社会が享受する社会的利益がある。私がEtsy*1で写真を売るショップを開けば、私の私的利益とは、売上げによる収益ということになる。そして、社会的利益は、私の写真が顧客に与える喜びということになる。

 

ある種の職業に携わる人々は、社会的利益を過剰にもたらす。発明家はその好例である。現代の半導体を考えてみよう。半導体によって、今日我々が用いるあらゆる情報機器をはじめ、数え切れないほどの他の発明も可能になった。

 

しかし、半導体の発明者として広く認められている1956年ノーベル物理学賞受賞者、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテン、ウィリアム・ショックレーの三人は、彼らの発明によって生み出された富のほんのかけらといえるものすら受け取っていない。知識は公共財であり、知識は知識によって生み出されるので、特許は、発明の様々な展開において生まれる利益にほとんど及ばない。半導体が無数の発明を生み出したように、バーディーン、ショックレー、ブラッテンの三人も無数の他人の洞察や発明に支えられていたのだ。

 

私的利益以上に社会的利益を生み出しているのは発明家だけではなく、教師や非営利事業に携わる労働者も同様だということも忘れてはならない。アダム・スミス以来の経済学はこう考えている。分業のおかげで、健全な市場経済下では、各人は自分自身の務めに専念しながらも、より高次の利益にも貢献することができるのだ。発明家は驚異的な価値を社会に与えているが、程度の差はあれ、我々のほとんども社会に価値を与えている。自分が良く成せることをすれば、それは社会への貢献ともなる。こう考えることで、我々は市場から心の安らぎを得ることができる。

 

しかし、こうした社会的貢献をおこなう者ばかりではない。シカゴ大学ブース・ビジネススクールのケヴィン・M・マーフィーとロバート・W・ヴィシュニー、ハーバード大学アンドレイ・シェイファーの三人の経済学者の論文は、世間に大きな影響を与えた。才能のある人々が、経済学者が言うところの「レントシーカー(rent seeker)」*2になると、国が傾くということを論じたのだ。レントシーカーは、富を創造する代わりに、ただ富を他人から自分の懐へ動かそうとする。

 

肩書きだけでは、その人がレントシーカーかどうかは分からない。的確な契約書を起草する助けとなる弁護士は、実際、小麦の流通に役立っているし、富の創出に貢献している。しかし、機能不全状態にあり不法行為が罷り通る国の法廷弁護士は、つまらない訴訟を通じて金を稼ごうという私利私欲のための行為をおこなっているにすぎない。

 

この点で、金融業界は悩ましい業界だ。サヤ取りを考えてみよう。これは、金融業界では利益を上げる一般的な方法だ。つまり、15ドルの価値がありながら10ドルで取引されている株を見つけ、購入し、値上がりを期待して待つということだ。株式市場はいわば巨大なカジノでしかなく、腕の立つトレーダーが金を巻き上げるところだと考える人もいるかもしれない。

 

しかし、サヤ取りは価値を創出することもできるし、株式市場は社会的に重要な役割を果たすこともできる。どの会社が低コストで資金を調達できるか、どの会社が資金調達に高いコストを払わなければならないか、工場の立地をどこにするか、どの小売店が拡大するか、何について研究開発をおこなうべきか、こうした問題を左右するのが株式市場なのだ。株式価格が間違っているということは、間違った投資がおこなわれているということだ。サヤ取りは株式価格を適正化することになるので、重要なことなのだ。

 

とはいえど、サヤ取りの有用性はこの点に尽きている。サヤ取りには、我先に金を見つけようと採掘者が押し寄せたゴールドラッシュと同様の性格がある。金を発見すること自体には価値があるが、人より先に金を見つけるということは主にレントシーキングの問題だからだ。

 

シカゴ大学ブースビジネススクールのエリック・ブディッシュ、メリーランド大学のピーター・クラムトン、ブーススクール大学院生のジョン・J・シムの三人の経済学者は、金融業界でのゴールドラッシュ状態がどんなに行き過ぎたものになるのかということを、少なくとも金融界の一分野については、研究で示してみせた。シカゴ・マーカンタイル取引所ニューヨーク証券取引所の間でサヤ取りをおこなう機会があった時間は、2005年から2011年までの間に平均で97ミリ秒から7ミリ秒に減少したことを彼らは発見した。一つの進歩ではあろうが、価格適正化をこれほどのスピードでおこなうことに、なんの実質的な社会的利益もありはしない。ミリ秒レベルでの価格適正化によって、どんな真剣な投資判断がおこなえるようになるというのか。短時間でのサヤ取りは、利益が上がるとしても、ほぼレントシーキングと見なせよう。

 

こうしたレントシーキング行為は金融の他の分野にも広がっている。銀行は、真の価値を生み出すのではなく、闇手数料を支払って利益を上げていることがある。負債回収業者は、違法行為に訴えることもあろう。低所得層を相手に中古車を買い取る金融業者は、債務不履行のレートを引き上げるビジネスモデルをとることで利益を上げることができる。つまり、購買力以上の車を買えると過信させておき、その車を差し押さえすることで稼いでいるのだ。この類いの行為は、利益が上がるかもしれないが、社会的に有害だろう。

 

しかし、金融にあるのは、こうした道だけではない。名画「素晴らしき哉、人生」*3の主人公、ジョージ・ベイリーは銀行員である。この仕事に就くことに気乗りがしない主人公に対して、彼の父親はこう言うのである。「いいか、ジョージ、ささやかながらも、我々は大切なことをしているんだ。基本的な欲求を満たしているんだ。自分自身の屋根や壁、暖炉を求めるというのは、人間の根本的な願いであって、我々はそれを手助けしているんだ」

 

ジョージ・ベイリーの父親は、金融は立派なことをおこなえると理解していた。彼は正しい。金の工面と出費に追われながら、毎日、貧しい人々は大変な問題に向き合っている。週毎に収入は安定しないにもかかわらず、収入がどうであれ借金は支払わなければならない。今現在も、貧しい人々は、しばしば高くつくペイデイローン*4を利用しなければならないし、高額の遅延金を負わなければならない。

 

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もっと良い方法があるのは間違いない。こういった痛みを和らげる方法を見つけ出すことは、重要かつ社会的価値のある問題であり、金融の課題である。大学学資の貯金から失業保険にいたるまで、重要な社会的問題の多くは金融に関わっている。

 

手数料を誤魔化すうまい方法を見つけるのではなく、銀行業を改革することで、こうした現実の重要な問題を解決することもできるはずだ。発展途上国の多くでは、創造的な金融手法で、貧しい人々への貸し付けが可能になったり、天候不順に対して農民を保護する少額保険商品が提供されるようになっている。アメリカで我々も、こうした前向きな金融革新を起こせないはずがない。

 

さて、金融業界に進む自分の学生に対して、私はどう考えるべきだろうか。金を稼ぐだけではなく立派なことをする力が自分にはあるのだということを理解してもらいたいと、私は彼らに願う。現在の金融業界のあり方とは違うかもしれないが、理想主義と創造性こそが若者の二つの強みであり、それは金融においてこそ発揮できるはずだ。

 

ピケティの「資本論」が大流行ですが、IT化とそれによって加速されたグローバル化で、今の世界の金融システムは国家でも制御不可能な怪物のようになってしまっています。良心的な大学の先生にしてみれば、自分の教え子が次々とその怪物の一翼を担う側へと進んでいくことには、複雑な思いを持つのも当然だと思います。ますます怪物化する資本主義に対して、個人のモラルに訴えるというのは、甚だ心ともない感を受けます。まさに、そこにこそ経済学者の英知に期待したいところです。

*1:個人がハンドメイドの商品を販売することができるウェブサイト。https://www.etsy.com

*2:「レントシーキング」とは、ロビー活動のように、自由競争を回避して、公的制度を誘導し、利益を独占しようとする行為

*3:フランク・キャプラ監督の1946年アメリカ映画、主演ジェームズ・ステュアート

*4:職を条件とする短期かつ高金利の借金