ONEDOG:壁打翻訳手習帳

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次の大量殺戮

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銃を撃つ前に、アインザッツグルッペン(ドイツの保安警察と保安部がユダヤ人を中心とする「敵性分子」を抹殺するために組織した部隊)の指揮官はユダヤ人の子供を宙に持ち上げて言った。「我々が生きるために、おまえは死ななければならん」と。殺戮が進行するにつれ、他のドイツ人もユダヤ人の子供を殺すことを同じように正当化した。彼らを殺さなければ我々が殺される、と。

 

今日、我々はナチスの「ユダヤ人問題の最終的解決」は技術の進歩がもたらす暗黒面の最たるものと考えている。事実、「最終的解決」は戦時中リソースを巡って身近な人間を虐殺しようとするものだった。ユダヤ人がドイツ人の支配下に置かれることになったあの戦争がおこなわれたのは、ドイツ人が生き残り生活水準を維持するためには土地や食料がもっと必要だと、ヒットラーが考えたからだった。そして、ナチスの考えでは、ユダヤ人はヒットラーの暴力的な拡張政策に対する脅威になると信じられた。

 

ホロコーストは、すでに過ちとして学習された遠い昔の恐ろしい出来事のように思えるかもしれない。しかし、悲しいことに、今の環境問題はヒットラーの考えの新しいバリエーションを招きかねず、現在の我々も不安に駆られて再び生け贄と想定敵を作るかもしれないのだ。増加する人口への食糧供給や生活水準の継続的向上に不安を抱える国では、特にそうだ。

 

ドイツ人による支配を追求するというこの考えは、科学の否定を前提としている。ヒットラーは科学ではなく生存圏に依拠する考え方をとった。つまり、何故ドイツ人が東ヨーロッパ帝国を必要とするかといえば、ドイツ人に食べていけるという希望を与えることができるのは、農業技術の向上ではなく土地の征服だけだと考えたのだ。1928年に編集され彼の死後まで出版されなかった「第二の書」において、飢餓は作物の改良を上回る速さで進むだろうが、あらゆる「農地管理の科学的手法」はすでに破綻していると、ヒットラーは主張している。そして、ドイツが「自身の土地と領土」で食べていけるような改善策は考えうる限り存在しないと述べている。これは誤った考えだが、人間が灌漑・品種改良・肥沃化により土地を改良できることを特に否定している。

 

「わが闘争」のなかで、科学を通じた平和と豊かさの追求というのは、戦争の必要性からドイツ人の目を逸らさせるためのユダヤ人の陰謀だと、ヒットラーは言っている。「そのような致命的な考えを植え付けようと目論み、それに成功してきたのは、いつもユダヤ人だ」と。

 

奇妙に聞こえるだろうが、生存圏の概念は我々の考え方と思うほどかけ離れたものではない。ドイツは第一次大戦中封鎖を受けていたが、農業生産物を輸入に依存しており、実際に食糧供給の不確定性に直面していた。ヒットラーは、こうした不安を、全面的な安全を絶対的に追求しようとするヴィジョンに転化した。生存圏を考えることで、抹殺戦争は生活向上に結びつけられる。だからこそ、ナチスのプロパガンダの主導者、ヨーゼフ・ゲッベルスは抹殺戦争の目的を「腹一杯の朝食、腹一杯の昼食、腹一杯の夕食」と定義しえた。彼は生活と生命を混同した。

 

ドイツの生存圏を拡張するために、ヒットラーは、ソビエトからウクライナを奪い、東ヨーロッパの3千万人を飢えさせ、食料をドイツに運ぶことを目指した。1941年にドイツがソビエトに侵攻したとき、この軍事行動には2つの目的があった。肥沃なウクライナの大地の掌握と、そこに住むユダヤ人の抹殺だ。身を守る術もないユダヤ人の子供たちを残忍なアインザッツグルッペンの慈悲に委ねたのは、この侵略においてであった。

 

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気候変動は新たな環境上の恐怖を引き起こそうとしている。現時点では、アフリカや中東の貧しい人々が影響を被っている。

 

少なくとも50万人に上る1994年のルワンダでの大量虐殺は、それ以前数年にわたる農業生産の低下に続いて起きた。フツ族ツチ族を殺したのは、民族的な憎悪だけが理由ではなく、大量殺戮の参加者が後に認めているように、土地を奪うためでもあった。

 

スーダンでは、2003年に干魃でアラブ民族がアフリカ系牧畜民の土地に押し寄せた。スーダン政府はアラブ系の側に立ち、ダルフールのザガワ、マサリート、フール人を抹殺し地域を包囲する政策を進めた。

 

気候変動により、食糧供給の不確定性が再び大国の政治力学の中心課題となっている。戦前のドイツがそうであったように、現在の中国の生産力は、自国の領土だけでは国民に食糧を供給することができず、その結果、予測困難な国際市場に依存している。

 

このことが中国に生存圏的な考えをあらためて受け入れさせるかもしれない。中国政府は、進行する環境悪化に直面する現在、それほど遠くない過去におきた飢餓の歴史と、繁栄がずっと続くという今日の前提を、秤にかけなければならない。危険なのは、近い将来実際に中国で餓死者が出る可能性が1930年代のドイツよりもあるということではない。ヒットラー時代のドイツがそうであったように、軍事力に訴えることのできる発展国は環境パニックに陥ると、現在の生活水準を守るために極端な手段をとるかもしれないということがリスクなのだ。

 

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そうしたシナリオが現実となるのはどのような場合だろうか。すでに中国はウクライナの耕作可能地の十分の一を借り上げ、世界の食糧供給が逼迫するたびに買い上げをおこなっている。2010年の干魃時、中国の狼狽買いは、中東でパンを求める暴動と革命の一因となった。中国首脳はすでにアフリカを長期的な食料供給地と見ている。いまだ多くのアフリカの人々が飢えているにもかかわらず、世界の耕作されていない耕作可能地のおよそ半分はアフリカ大陸にある。中国同様、アラブ首長国連邦と韓国もスーダンの肥沃地帯に目をつけており、日本、カタールサウジアラビアも加わり、アフリカ中から土地の購入や賃貸をおこなおうとしている。

 

土地を必要とする国家は如才なく交渉で賃貸や購入を始めるだろう。しかし、需要が高まり逼迫する状況では、否応なく暴力に頼ることになり、こうした農業輸出地帯は要塞化された植民地となりかねない。

 

ヒットラーはドイツに安全をもたらすのは土地だけだと主張し、戦争以外の有望な問題解決手段である科学の活用を否定することで、環境パニックを広めた。米国は、温室効果ガスで大気を汚染し、次の環境パニックを他のどの国よりも引き起こそうとしている。いまだに環境科学に抵抗を示す政界と実業界の指導層がいるただ一つの国が米国なのだ。こうした否定論者は、科学者の経験的な発見を陰謀論だとみなし、科学の信憑性を疑問視する傾向があるが、こうした知的姿勢がヒットラーに似ているのは不愉快なことだ。

 

地球温暖化が他の地域に大惨事を及ぼしてからたった数十年後には、気候変動のもたらす影響が全面的に米国に及ぶだろう。その時には、気象科学やエネルギー技術で事態を変えるには手遅れとなっているだろう。米国で環境パニックの扇動家が動き出す時分には、間違いなく、米国は世界中に気象災害を引き起こした後に違いない。

 

米国とは対称的に、EUは地球温暖化を非常に真剣に受け止めているが、EU自身の存続が危機にさらされている。アフリカと中東が温暖化を続け戦火が吹き荒れる中、経済移民と戦争難民は危険に満ちた旅をして欧州に押し寄せている。これに対して、欧州のポピュリストは国境の管理強化とEUの解体を求めている。こうしたポピュリズム政党の多くはロシアの支持を得ているが、ロシアはEU解体を目指す分割統治政策を公に追求している。

 

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ロシアの2014年のウクライナ介入は、欧州が当然のこととしてきた平和的秩序をすでに粉砕してしまった。経済的には欧州への天然ガス輸出に依存しているクレムリンのロシア政府は、今、天然ガスの交渉を欧州の各国一つ一つと個別におこない、EUの結束を弱め自身の影響力を拡大しようとしている。その一方で、ウラジミール・V・プーチン大統領は1930年代への郷愁を煽り、ロシアのナショナリスト反戦感情を理由に同性愛者、コスモポリタンユダヤ人を非難している。欧州の将来、そしてロシアの将来のためにも、これは何ら明るい兆しとなるものではない。

 

大量殺戮が進行しつつあっても、それは我々がそれと分かるような形では目につかないだろう。1941年のナチスの筋書きは全く同じような形で現れることはないだろうが、その要素のうちありふれたいくつかはすでに形を取り始めている。

 

すでに起こっているアフリカでの民族大虐殺。きな臭い中東におけるイスラム主義の暴力的全体主義覇権の勝利。現地住民の排除を含めて、アフリカ、ロシア、東ヨーロッパのリソースを求める中国の活動。米国が環境科学を無視することで生じる世界的環境パニックの高まり。EUの解体。これらはどれも容易に想像できることだ。

 

今、我々は、科学とイデオロギーの間で、かつてドイツが面したのと同じ重要な選択を迫られている。我々は、経験的な証拠を受け入れて新しいエネルギー技術を支持するのか、それとも、環境パニックの波を世界中に広げることになるのだろうか。

 

科学を否定することは、過去の亡霊を呼び起こし、未来を危機に陥れることになるのだ。

 

 

農業やエネルギーの技術は世界を変える可能性を秘めています。しかし、技術開発には時間もかかりますし、不確定性もあるのが事実です。実際に目の前に危機が迫れば、確実な資源略奪のための戦争には説得力があります。飽食に倦む先進国の立場からは忘れがちなことですが、世界を動かす問題として食糧供給を考えることを忘れてはいけないと思います。